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岡山簡易裁判所 昭和50年(る)52号 決定

主文

一、岡山区検察庁検察官副検事末広博が昭和五〇年二月二四日になした別紙物件目録記載の物件を中原敏昭に仮に還付する旨の処分はこれを取消す。

二、申立人らが昭和五〇年四月二二日になした別紙物件目録記載の物件の還付請求に対し岡山区検察庁検察官がなした却下処分は、これを取消す。

三、岡山区検察庁検察官は別紙物件目録記載の物件を申立人らに還付せよ。

理由

一、本件準抗告の趣旨及び理由並びにこれに対する検察官の意見申立人らは本件申立の趣旨として主文同旨の裁判を求め、その理由の要旨は、

「(一) 申立人大正海上火災保険株式会社(以下単に大正海上という)及び申立人東京海上火災保険株式会社(以下単に東京海上という)は、いずれも東京都に本店を有する損害保険会社であり、申立人株式会社小石商店(以下単に小石商店という)は、同じく東京都に本店を設け宝石等貴金属類の小売販売を業とするものである。

(二) 別紙物件目録記載のダイヤモンド指輪(以下単に本件物件という)は、元来小石商店の所有で伊勢丹本店貴金属売場にて小石商店が保管中のところ、昭和四九年五月二六日午後二時二〇分頃申立外山本節子により窃取された。

(三)(1) 小石商店は、その所有管理にかかる貴金属(本件物件を含む)に関し、その盗難、破損等によってこうむる損害を担保するため、昭和四八年一二月二八日大正海上との間に要旨左記のとおりの保険契約を締結し、同日保険料の授受を了した。

名  称  動産総合保険

保険期間  自昭和四八年一二月二八日至昭和四九年一二月二七日

保険の目的 契約者の所有管理にかかる宝石等

保険料   四〇〇万円

保険金額  四億円

填補限度額 保管場所が伊勢丹本店貴金属売場の場合は二億四、〇〇〇万円

免責金額  二〇万円 損害につき二〇万円以下は填補しない

保険事故  火災、落雷、盗難、風災、水災、取扱上の拙劣又は過失による事故、輸送中に於る事故及びその他全ての偶然の事故

(2) 小石商店は右の外東京海上との間にも(1)と同様の要旨左記のとおりの保険契約を昭和四九年三月四日に締結し、同日その保険金の授受を了した。

保険期間  自昭和四九年三月一日至昭和五〇年二月二八日

保険料   九二万円

保険金額  八〇〇万円

填補限度額 保管場所が伊勢丹本店責金属売場の場合は五〇〇万円

名称、保険の目的、免責金額、保険事故は(1)と同じ

(四)(1) 前記(二)の保険事故の発生により大正海上及び東京海上は昭和四九年七月小石商店に対し前記(三)の保険契約に基づき保険金として大正海上が金七一九万七、六三五円、東京海上が金一六九万三、二七四円をそれぞれ支払った。

(2) 右保険金の算出方法は次のとおりである。即ち、本件物件の保険事故当時の販売定価は金二、〇〇〇万円であったが、業界の慣行により仕入価額を定価の二、二分の一として右二、〇〇〇万円を二、二で除した金九〇九万〇、九〇九円を保険価額とし、これより免責額の金二〇万円を差引き金八八九万〇、九〇九円が支払保険金となるが、大正海上と東京海上との分担割合はそれぞれの保険金額の割合から算出した。

(3) よって大正海上及び東京海上は商法六六二条により右の支払保険金の限度で本件物件について小石商店が有していた一切の権利を取得した。尚小石商店には金二〇万円の免責分の限度で所有権が留保されている。

(五) 本件物件は、前記山本節子の内縁の夫である井上実より、その昔の仲間である暴力団幹部高森勉に金一八〇万円で売却され、更に同人より同人の友人で元暴力団員であった金融会社である株式会社大成共済専務の切田昭彦を通じて同社代表取締役中原敏昭に金三五〇円で売却されていた。本件物件は右高森の賍物故買被疑事件の証拠物件として右中原の任意提出に基づき岡山西警察署に領置され、更に岡山区検察庁に送致された。

(六) 本件物件は、昭和五〇年二月二四日に岡山区検察庁検察官副検事末広博によって中原敏昭に仮還付された。これに先だつ同月二二日岡山西警察署より連絡を受けて、大正海上の担当社員伊藤明彦及び小石商店専務小石哲也が同署に赴き、本件物件が盗難ダイヤであることを確認すると共に、爾後の処理方針について同署の係官と話合った。その結果同署としては切田昭彦及び中原敏昭についても賍物故買容疑で捜査の方針であるから大正海上の先走り示談は好ましくなく捜査の結果を待てとの指示があったので右指示に従っていたところ同月二四日に前記仮還付がなされたものである。右仮還付は民法一九三条を看過してなされたものであって違法である。

(七) 申立人らは、昭和五〇年四月二二日岡山区検察庁に対し、刑事訴訟法二二二条、一二四条一項に基づいて本件物件の還付請求をなしたが、なんらの処分もなされないので、昭和五〇年五月一六日及び同年八月二〇日にそれぞれ上申書を提出し、更に電話や口頭にて速やかなる処分を同区検に求めた。それに対し同区検は、本件物件は申立人らに還付されるべきものであることを認めながら還付決定をしても現実には前記中原の手許に本件物件があるから意味がないので申立人らの還付請求には応じられない旨の口頭での回答があった。右は申立人らの還付請求に対する却下処分とみなされる。仮に右が却下処分とみなされないとしても申立人らの昭和五〇年八月二〇日同区検に到達の上申書に記載してある応答期限たる同月末日の経過によって右還付請求に対する同区検の却下処分があったものというべきである。

(八) 本件物件に関連ある前記高森に対する賍物故買被疑事件はその後御庁に起訴され、既に有罪判決が確定しており、又関連事件も全て終結しておる。従ってもはや本件物件の留置の必要は皆無であるから、岡山区検察庁は直ちに還付の措置をとる義務があり本件物件は刑事訴訟法二二二条、一二四条一項により申立人らに還付されるべきであるにも拘らず同区検が本件還付請求を却下したのは違法である。

よって中原敏昭に対する仮還付処分及び申立人らの還付請求に対する却下処分を取消の上、申立人らに本件物件を還付すべき旨の裁判を求めるため刑事訴訟法四三〇条に基づいて本申立に及んだ次第である。」というにある。

これに対する検察官の意見は別紙のとおりである。

二、当裁判所の判断

(一)  本件の経過

本件記録及び岡山区検察庁から取寄せた山本節子に対する窃盗被告事件の確定記録、高森勉に対する賍物故買被告事件の確定記録並びに井上実に対する賍物収受被疑事件の不起訴記録、切田昭彦に対する賍物故買被疑事件の不起訴記録と当裁判所の事実調べの結果とを総合すると次の事実が認められる。

(1)  申立人小石商店は、その所有にかかる本件物件を、東京都新宿区の百貨店伊勢丹本店貴金属売場に販売のために陳列展示中、昭和四九年五月二六日午後二時二〇分頃山本節子によって窃取され、山本節子は同年六月中旬頃、当時夫であった井上実に、本件物件を交付し、井上実は、同月下旬頃同人のかねてからの知合で元暴力団員の高森勉に、本件物件が盗品であって時価二、〇〇〇万円相当のものである旨打明けながら、これを時価一割ぐらいで処分してほしい旨依頼したところ、高森はこれを承諾のうえ旧知の間柄で当時大阪で株式会社大成共済なる金融会社の専務取締役をしていた切田昭彦に右事情を話して本件物件の買取方を依頼したところ、切田は、盗品を処分すれば足がつきやすいからとの理由で買取りは断ったものの、本件物件を担保として他から金借することを斡旋する旨承諾し、結局右切田の仲介により、高森は右会社代表取締役中原敏昭より同年六月二〇日期間を一〇日間として本件物件を担保に金三五〇万円を借り受け、内金一八〇万円を井上に交付したものであるが、高森は、当初より本件物件を期間内に受け戻す考えはなく、一〇日の期間の経過によって本件物件は流質として処理されたものである。

(2)  高森勉はその後昭和五〇年一月三一日賍物故買被疑事件の被疑者として岡山西警察署に逮捕され、その証拠物件として本件物件は前記中原より昭和五〇年二月三日同署に任意提出され、同日同署はこれを領置押収した。

(3)  他方被害者小石商店は昭和五〇年二月五日岡山西警察署より連絡を受け、同月一〇日大正海上社員伊藤明彦と小石商店専務小石哲也の両名は同署に赴き本件物件が被害品であることを確認し、さらに右両名は、その後同月二二日同署に再度赴き、本件物件の処理方針について指示を求め、その指示に従って事件の推移を待っていたところ、その後本件物件は同署より岡山区検察庁に送致され、その押収は同検察庁に承継されたのであるが、同月二四日岡山区検察庁検察官末広博は、これを提出者である中原敏昭に仮還付した。

(4)  れより先小石商店は、昭和四八年一二月二八日大正海上との間に申立の理由の要旨(三)の(1)掲記の保険契約を、又昭和四九年三月四日東京海上との間に同(三)の(2)掲記の保険契約をそれぞれ締結しており、前記盗難保険事故の発生により、申立人大正海上は金七一九万七、六三五円を、申立人東京海上は金一六九万三、二七四円の保険料を小石商店に対して各支払った。(右保険料の算出方法は申立の理由の要旨(四)の(2)掲記のとおりである。)

(5)  よって申立人らは昭和五〇年四月二二日岡山区検察庁に対し、刑事訴訟法二二二条、一二四条一項に基づき、本件物件の還付請求をなしたが、同区検は右申立に対しなんらの処分もしていない。よって申立人らは、さらに同年五月一六日と八月二〇日の二回にわたって前同旨の還付請求を内容とする上申書を同区検に提出し、八月二〇日の上申書には同月末日を応答期限とする旨の付記もあるが、遂に同期限までに同区検よりはなんらの回答もなされていない。

(6)  尤もその間において岡山区検察庁検察官副検事末広博は昭和五〇年四月二日中原敏昭の代理人弁護士駒杵素之に対し、また同年五月二〇日中原敏昭に対し、それぞれ書面で本件物件の再度提出を催告し、又同庁上席検察官検事藤掛義孝は、同年六月五日と七月三一日の二回にわたりそれぞれ中原敏昭及び同人の代理人弁護士駒杵素之に対し本件物件の再提出を催告しておる。

(7)  本件物件に関連のある山本節子に対する窃盗被告事件及び高森勉に対する賍物故買被告事件はいずれも有罪判決が確定しており、又井上実に対する賍物収受被疑事件及び切田昭彦に対する賍物故買被疑事件はいずれも不起訴処分が確定しておる。

(二)  以上のとおり、本件物件が賍品であることは前記(一)の(1)の認定事実によって明らかであり、又本件物件が現所持人である中原敏昭の許に至るまでの経路において、どの段階においても民法一九四条所定の「競売」により取得されたり、「公ノ市場ニ於テ」取得されたり、「其ノ物ト同種ノ物ヲ販売スル商人」より取得されたりしたことがないことは前記認定の事実によって明らかである。してみると本件物件の所有権は同法一九三条により未だ被害者である小石商店にあるところ(本件申立は昭和五〇年九月九日なされており、盗難にあったのが昭和四九年五月二六日であることは本件記録及び一件記録により明らかであり当然失権していない。)同商店は大正海上及び東京海上から前記二の(一)の(4)の保険契約に基づき保険金を受領しており、大正海上及び東京海上は商法六六二条に基づきその支払金額の割合に応じて本件物件に対して所有権に基づく返還請求を有しており、小石商店も又金二〇万円の免責額の限度で本件物件に対して所有権に基づく返還請求権を有しており、いずれも本件申立人適格を有するものである。

従って、同人らが昭和五〇年四月二二日刑事訴訟法二二二条一二四条一項に基づいて岡山区検察庁に対してなした本件物件の返還請求は相当であるが、右請求の段階においては未だ切田昭彦に対する賍物故買被疑事件の捜査中であり、同区検が右請求に対し即時に応答しなかったことはあながち不相当とはいえないが、右被疑事件は同年八月二七日に不起訴処分となり、他の関連事件もそれまでに確定しており、右八月二七日の経過した時点で本件物件を同区検に留置しておく必要性はなくなったものであり、しかも同法一二四条一項「被害者に還付すべき理由が明らかな場合」とは、被害者の有する実体上の返還請求権自体が明白な場合をいうのであるが、前記認定の如く本件は上記明白な場合に該当し民法一九二条の即時取得の成否を配慮する余地はないので同区検としては任意提出者中原敏昭の善意悪意にかかわらず右八月二七日の経過により申立人らの前記還付請求に応ずるべきであるが今日に至るまでなんらの意思表示をしておらず、申立人らの権利保護の見地からすれば右請求を却下する旨の検察官の意思が暗に表示されたものと認めるのが相当であるところ、右却下処分は相当でないのでこれを取消し本件物件を申立人らに還付するを相当と解する。又中原敏昭に対する仮還付も前記説示のとおり不相当であるのでこれを取消すのが相当である。(尚岡山区検察庁は四回にわたって前記中原及び同人の代理人である駒杵弁護士に対し本件物件の提出を書面によって催告しているが、右は仮還付を取消した上での提出要求ではなく仮還付処分中の再提出義務の履行の催告と解する。)

検察官の意見は別紙のとおりであるが前記説示に照らして主張自体失当であるので採用できない。

よって申立人らの本件準抗告の申立はいずれも理由があるからこれを認容することとし刑事訴訟法四三二条、四二六条によって主文のとおり決定する。

(裁判官 沢根一人)

〈以下省略〉

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